① 何が起きた?

公共交通機関を利用しているとき、周りの多くの人がスマホでSNSや動画を見たり、意味もなく画面をスワイプしたりしている光景を見て、「もっと時間を有効活用したほうがいいのではないか」と思い、自分自身もできるだけスマホを触らず本を読んだり何かを学んだりしようとしていました。

② 当時どう感じた?

ある時ふと、これは本当に「自分がそうしたいから」なのか、それとも「こうするのが正しい人間だ」という姿を、周囲に対する模範であるかのように演じようとしているだけなのか、分からなくなりました。

③ なぜそうなったのか?

振り返ると、小学生や中学生の頃、学級委員や生徒会に関わり、市から善行優良生徒として表彰された経験があります。当時は「ちゃんとした人間でいよう」「人の手本になろう」という意識が自然と身についていきました。その経験が長い年月をかけて、「正しいことをする人間であるべき」「周囲の人よりもきちんとしているべき」という感覚につながり、過去に評価された「模範的な自分」を、今でも無意識に演じようとしているのだと思います。

④ そこから何に気づいた?

「誰にとっての模範なのだろう」と考え直してみると、誰かから「もっとスマホを見ないほうがいい」と言われたわけでも、模範的であることを求められているわけでもありませんでした。社会のために模範を演じているのではなく、「模範的な自分」という役を自分自身に演じさせているだけなのかもしれないと気づきました。

⑤ 今ならどうする?

今なら、「~すべき」ではなく「自分はどうしたいのか」を基準に選ぶと思います。本を読みたいなら読み、疲れていてスマホを眺めたい日はそれでよく、ぼんやり景色を見るだけの時間があってもいい。「模範的な人間ならこうするべき」ではなく、一個人として自分がどうしたいかで選びます。